書評
複雑症例にどう向き合うか──月刊薬事増刊『Complex case カンファレンス』を病棟薬剤師の視点でレビュー
2026-06-12
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複雑症例にどう向き合うか──月刊薬事増刊『Complex case カンファレンス』を病棟薬剤師の視点でレビュー
「ガイドライン通りに進められない症例ばかりが回ってくる」「複数の専門領域がぶつかったとき、誰の意見をどう統合すればいいのかわからない」——病棟で薬学的介入を続けていると、こうした場面に頻繁に遭遇します。じほうの月刊薬事 2026年4月臨時増刊号『Complex case カンファレンス──複雑症例を薬物療法のプロフェッショナルの視点で考える』(Vol.68 No.6、定価4,620円)は、まさにそうした「ガイドラインの先にある判断」に挑む薬剤師にとって、長く座右に置きたくなる一冊です。
私は普段、病棟薬剤師として処方鑑査や副作用モニタリングに携わっています。月刊薬事は毎月通読しており、増刊号の発行は早い段階で把握していました。届いてから繰り返し読み返しているなかで、これは病棟業務に従事する薬剤師にぜひ手にとってほしいと感じる完成度でした。本記事では、症例の具体的内容には踏み込まず、本書の構造・編集意図・想定読者を軸に、私が読んで感じた価値をまとめます。
前号の月刊薬事 2026年5月号レビュー、関連書として『抗菌薬BOOK&MAP』レビュー・『まとめ抗菌薬』レビューもあわせてご覧ください。
この記事でわかること
- 月刊薬事増刊『Complex case カンファレンス』の編集意図と全体構造
- 第1章 総論11節の構成と、病棟業務の動線への重なり方
- 第2章 各論9症例(疾患の組み合わせ)の選定意図
- 専門薬剤師の自己学習教材・後輩教育用書籍としての位置づけ
- 類書(症例集・専門書)との使い分け
- 本書を最大限に活かす読み方
- 月刊薬事レビューシリーズにおける本号の位置づけ
書誌情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| タイトル | Complex case カンファレンス──複雑症例を薬物療法のプロフェッショナルの視点で考える |
| 雑誌名 | 月刊薬事 2026年4月臨時増刊号 |
| 巻号 | 第68巻 第6号 |
| 発行 | 2026年4月25日 |
| 出版社 | 株式会社じほう |
| 定価 | 4,620円(本体4,200円+税10%) |
| 判型 | B5判 |
| ISSN | 0016-5980 |
| 第三種郵便物認可 | 1959年12月26日 |
| ASIN | B0GRT1KS7G |
| 編集 | 木村丈司(神戸大学医学部附属病院薬剤部)、鈴木大介(JA愛知厚生連海南病院薬剤部) |
本書の編集意図
編者が序文で示しているのは、現代の臨床現場で薬剤師が直面している共通の課題です。高齢化と医療の高度化が進むなか、複数のプロブレムが絡みあった症例——いわゆる Complex case——では、標準的な薬物療法がそのままでは適用できない場面が増えています。臓器障害のために第一選択薬が使えない、併存疾患の治療薬と相互作用が起きる、複数のプロブレムに優先順位をつけて治療を組み立てる必要がある——こうした状況に対し、各領域のプロフェッショナルは何をどう考えているのか、その思考プロセスを共有することが本書の目的だと序文で明確に述べられています。
本企画のキャッチコピーは「ガイドラインの先にある、リアルな判断の『考え方』をレクチャー」。標準治療の知識を前提とした上で、その先にある判断軸を可視化することが狙いです。
私が読んだ範囲で本書の構成上の特徴は、前半(第1章)で総論として横断的なテーマ(薬物動態・副作用・地域連携・ガイドライン適用の注意点・カンファレンス運営)を扱い、後半(第2章)で各論として9症例の組み合わせ(疾患×合併症)を提示する二部構成にあります。総論で「考え方の枠組み」を提示し、各論で「枠組みの適用例」を見せる流れです。
第1章 総論:基本的考え方(11節)
第1章は11節構成で、複雑症例に向き合うための横断的なテーマが並びます。私が読んで受け取った全体像をお伝えすると、冒頭でまず「複雑症例をどう考えるか」という総論的な思考の枠組みが提示され、そこから薬物動態の注意点(腎機能障害・薬物相互作用)、副作用への対応、急性期の薬物治療、退院後の地域連携、保険薬局でのフォローアップへと、患者が入院してから退院・在宅に戻るまでの時間軸に沿って論点が展開していきます。後半には、ガイドラインやエビデンスを目の前の症例に適用する際の落とし穴、医師から見たプロブレムの整理の仕方、そしてケースカンファの運営や症例報告の作成といった「学びを組織で共有するための技術」までが収められています。
私が特に「ここまで踏み込むのか」と感心したのは、薬の知識だけでなく、医師の視点・カンファの進め方・症例報告の書き方といった、ふだんの薬学書ではあまり扱われない周辺領域まで一冊で押さえている点です。総論を読むだけでも、自分の臨床推論の手順を一度棚卸しさせられる密度がありました。
病棟業務の動線と重なる11節
私が病棟薬剤師として日々の業務を振り返ると、第1章の章立ては病棟業務の時間軸そのものに沿って組まれていることに気づきます。患者が入院してきた時点で確認するのが腎機能障害(第2節)と薬物相互作用(第3節)、入院中に対応するのが副作用(第4節)と急性期治療(第5節)、退院に向けて準備するのが地域連携(第6節)と保険薬局でのフォローアップ(第7節)です。
この流れは、私が普段カルテで薬学的アセスメントを記載するときの思考順序とほぼ重なります。本書はその思考順序を11節に分解し、それぞれの節に各領域のプロフェッショナルの視点を埋め込んでいる構造です。
私が特に独自性を感じた章
第1章のなかで、私が「ほかの薬学書ではあまり見かけない」と感じたのが以下の3節です。
- 第10節「盛り上がるケースカンファのコツ」:薬学書でカンファ運営そのものを扱う章はほとんど見たことがありません。後輩の指導や勉強会の企画を任されている薬剤師にとっては、章単独でも価値のある内容です。
- 第11節「Dr. TT流 ケースレポート作成における Complex case の扱い方」:症例報告の執筆を始めようとしている薬剤師にとって、複雑症例をどう構造化するかは大きな壁です。本節はその入口を示してくれます。
- 第9節「医師からみた Complex case の考え方」:薬剤師向けの本でありながら、医師が同じ症例をどう構造化するかを示している点が特徴的です。
第2章 各論:実践的アプローチ(9症例)
第2章は9症例で構成されています。各症例は「疾患 × 合併症」の組み合わせとして提示されており、ディスカッションポイントと押さえておきたいエビデンスが症例ごとに整理されています。
私が読んで受け取った各論全体の印象をお伝えすると、9症例はどれも「ひとつの疾患だけでは語れない」場面を意図的に選んでいるのが伝わってきます。循環器と腎臓が絡む症例、血液がんに発熱・感染が重なる症例、固形がんに血栓症やマルチモビディティ・薬局連携が重なる症例、移植後の感染や透析に伴う合併症など、領域がふたつ以上ぶつかり合う組み合わせが幅広くそろっています。私が特に読みごたえを感じたのは、がん治療と感染症が同時に動く症例群でした。抗がん剤の継続可否と感染対応をどう天秤にかけるかという、現場で一番悩む判断が、各執筆者の思考の流れとともにたどれるからです。自施設ではめったに出会わないパターンも含まれており、経験の幅を机上で広げられる作りになっていると感じました。
組み合わせの選定意図
私が読み取った範囲で、9症例の選定には、現場で実際に遭遇する代表的な組み合わせがバランス良く配置されています。
- 「悪性疾患 × 合併症(感染症・循環器)」:第2、第4、第5、第7、第8、第9症例。がん治療と他領域がぶつかる場面は、病棟で頻繁に出会うテーマです。
- 「臓器障害 × 薬物療法」:第1、第3、第5、第8症例。心不全・CKD・透析・腎移植など、臓器機能を考慮した投与設計を学べます。
- 「マルチモビディティ × 薬局連携」:第6症例。病院から在宅・薬局へのバトンパスを丁寧に描いた章で、薬薬連携を考えるうえでの好教材です。
各章は、領域特有のエビデンスを押さえつつ、最終的に「総合的な患者像」をどう判断するかへ収束していく構成になっており、領域横断的な思考の訓練に最適です。
各症例のフォーマット
私が読んだ範囲で、各症例は次のような構成になっています。
- 患者背景(主訴、既往歴、併用薬リスト、検査値)
- ディスカッションポイント(症例ごとに数項目)
- 押さえておきたいエビデンス
- 評価と提案
- おわりに(症例から得られる学び)
ディスカッションポイントが症例ごとに明示されているため、独学で読んでも「自分ならどう考えるか」を一度立ち止まって検討してから先に進める設計です。後輩との読書会・カンファレンス勉強会の教材としてもそのまま使える形になっています。
専門薬剤師の自己学習教材としての位置づけ
私自身、薬物療法専門薬剤師と医療薬学専門薬剤師の認定資格を保有していますが、専門薬剤師資格を取得した後の自己学習教材は意外と選択肢が限られています。日常の症例検討会で扱う症例は施設の患者層に依存し、また同じ施設内では同様のパターンが繰り返されがちです。
本書の9症例は、自施設では遭遇頻度の少ない症例パターンも含まれており、自施設の経験を超えて学べる教材として機能します。各症例の執筆者が複数施設・複数領域にまたがっているため、視点の偏りも抑えられ、各先生方の臨床推論の流れを追体験できる構成になっています。
専門薬剤師資格取得を目指している段階の薬剤師にとっても、症例検討の組み立て方を学ぶうえで大きな助けになる一冊です。私が後輩に薦めるなら、「ガイドラインの該当領域を一度通読してから本書の同領域の章に進む」という順序で薦めます。この順序で読むと、ガイドラインの「結論」の背後にある思考プロセスが体感的にわかってきます。
類書との使い分け
本書を購入検討するなら、すでに手元にある類書との位置づけを整理しておくと、より効果的に活用できます。私が普段業務で参照している書籍との関係を私見ベースで整理します。
| 書籍 | 強み | 本書との関係 |
|---|---|---|
| 内科横断の診療フロー参考書(書名は私の試験対策noteで紹介) | 専門的対応が求められる疾患の診療フロー | 各症例の診療フローを内科側から補完 |
| 腎機能別薬剤投与量 POCKET BOOK 第5版(日本腎臓病薬物療法学会、じほう) | 腎機能に応じた投与量調節 | 第1章 第2節(腎機能障害)の併読書 |
| 今日の治療薬2026(伊豆津宏二・今井靖・桑名正隆・寺田智祐 編、南江堂) | 薬剤情報の即時参照 | 各症例で扱われる薬剤の補足 |
| 各領域の学会ガイドライン | 領域別の標準治療 | ガイドラインの先にある判断軸を本書で補完 |
| まとめ抗菌薬(山口浩樹、羊土社) | 抗菌薬の使い分け | 抗菌薬選択を考える際の併読 |
本書はこれらの「体系書」「リファレンス」と並ぶ位置づけではなく、それらを使いこなして患者像を組み立てるための「判断プロセスの教材」として機能します。手元のリファレンスを総動員して読みたくなる、そんな一冊です。
良かった点
1. 「組み合わせ」を主軸にした構成
通常の症例集は「疾患別」に整理されることが多く、循環器の本、腎臓の本、感染症の本、というように分かれます。本書は最初から「組み合わせ」を主軸に置き、複数領域がぶつかる場面の意思決定を扱っています。この切り口の書籍は、私が知る範囲では類書がほとんどありません。
2. ディスカッションポイントの明示
各症例にディスカッションポイントが明示されているため、読者が「考えるべき問い」を見落とすことなく症例に向き合えます。一人で読んでも、勉強会の教材として使っても、議論の起点が明確です。
3. 第1章にカンファレンス運営の章がある
第10節「盛り上がるケースカンファのコツ」と第11節「Dr. TT流 ケースレポート作成」は、薬剤師の症例検討文化そのものを底上げするための章です。症例の知識だけでなく、その知識を組織で共有・蓄積するための仕組みも一冊のなかに含まれている設計が独自的です。
4. 執筆陣の地理的・施設的多様性
執筆陣は大学病院・市立病院・私立病院・保険薬局など複数の所属にまたがっており、地理的にも北海道から九州までに分散しています。視点の単一化を避けようとする編集姿勢が感じられます。
本書を最大限に活かす読み方
本書はじっくり通読することを前提に設計された読み物です。次のような読み方をすると、書籍に込められた価値がより深く引き出せます。
1. ディスカッションポイントで一度立ち止まる
各症例に明示されているディスカッションポイントの問いは、執筆者の解答を読む前に、自分なりの答えを書き出してから先に進む読み方をすると、自分の臨床推論の癖や知識の穴が浮き彫りになります。本書は「読者が一緒に考える」ことを想定して設計されているため、この読み方が本来の楽しみ方です。
2. 勉強会・カンファの教材として持ち寄る
本書は1症例完結型で章が短くまとまっているため、勉強会の1回分にちょうど良いサイズです。同僚と1症例ずつ持ち寄り、自施設の症例と照らしながら議論すると、複数視点で読み解くカンファレンスの場が一冊から何度でも生まれます。
3. 領域別の体系書と併読する
各章の症例は、領域別の体系書やガイドラインと併読することで理解が立体化します。手元の専門書を引きながら本書を読み進めると、領域横断的な視点が自然に身についていきます。
4. 通読してから何度も戻る
本書には全体像をつかむための索引はあえて設けられていない一方、章扉と症例タイトルから内容を素早く辿れる構成になっています。一度通読したあとは、似た症例に出会ったときに該当章を開き直すという使い方ができます。
どんな薬剤師にお勧めしたいか
私が読んだうえで、本書を強くお勧めしたいのは以下のような薬剤師です。
- 複数疾患を抱える患者の薬物治療に日常的に関わっている病棟薬剤師
- 専門薬剤師資格取得後、次の自己学習教材を探している薬剤師
- 後輩や研修生への教育用教材を探している指導薬剤師
- 院内のケースカンファレンス運営を任されている薬剤師
- 症例報告の執筆に取り組み始めた薬剤師
- 領域横断的な視点を磨きたい中堅・若手薬剤師
- ガイドラインの先にある判断軸を、自分のなかに育てたい薬剤師
なお、薬剤師1年目で基礎固めの段階にある方は、本書の前にまず基礎テキストや新人向け強化書で土台を整えてから本書に進むと、より深い学びが得られます。本書は基礎を持っている読者に向けて書かれた、次のステージの一冊です。
月刊薬事レビューシリーズにおける本号の位置づけ
本ブログでは2026年5月号から月刊薬事レビューシリーズを開始しました。本号は月刊薬事の臨時増刊号にあたり、本誌(毎月1日発行)とは別建ての位置づけです。シリーズ番号は本誌に振っているため、本号は特別編としての扱いとし、シリーズ #2 は月刊薬事 2026年6月号レビューを予定しています。
増刊号は本誌より掘り下げが深く、特定テーマを集中的に学べる性格を持っています。本号は「特定の症例パターンを軸に複数領域を横断する」というテーマで編まれており、長く手元に残るタイプの一冊です。
総評
⭐⭐⭐⭐⭐(5段階で5) 複数領域がぶつかる Complex case の意思決定プロセスを、各領域のプロフェッショナルが惜しみなく言語化した一冊。総論11節と各論9症例という構成のなかに、実務直結の知見と教育的視点がぎゅっと詰まっています。病棟薬剤師・専門薬剤師にとって、自己学習・後輩教育・カンファ運営のすべてに使える稀有な書籍です。
こんな1冊を待っていた方へ
Complex case の判断に悩んだ経験がある薬剤師なら、本書を開いた瞬間に「これが読みたかった」と感じるはずです。書評を書きながら、私自身、これだけ密度の高い症例集が4,620円で手に入るのは率直に得難いと感じました。ぜひ手にとって、各領域のプロフェッショナルの思考に触れてみてください。
購入リンク
📚 Complex case カンファレンス──複雑症例を薬物療法のプロフェッショナルの視点で考える(月刊薬事 第68巻 第6号、2026年4月臨時増刊号、定価4,620円)
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著者について 現役の病院薬剤師。薬物療法専門薬剤師、医療薬学専門薬剤師。普段は病棟薬剤師として勤務しながら、感染制御・抗菌薬適正使用に関わる業務にも従事しています。月刊薬事を含む医療雑誌を継続的に通読し、現場で活きる学びをブログとnoteで発信しています。